花島鎮は高宗19年(1882年)5月22日、欧米諸国としては初めて全権大臣ロバート・ウィルソン・シューベルト提督との韓米修好通商条約が調印された場所として知られている。花島鎮は高宗14年(1877年)10月、日本の花房義節が開港交渉のため来韓し、全羅道方面の測量を行った後に上京する見込みであるとの報告を東来府使から受けた朝廷にて対策を論議、これに対する対応策として仁川、富平沿岸の防衛問題が提起され、高宗15年(1878年)8月に仁川広域市東区花水洞128~163番地とその周辺一帯に設置された。当時、ソウルに向かうすべての船はここ仁川を通らなくてはならず、地理的にも最も重要な場所であった。鎮とは鎮営の縮約形で朝鮮時代の初め頃から地方隊の俊英軍として各水営、兵営に置かれたもので、鎮址とは鎮があった場所を言う。李氏朝鮮末には黄海からの外国勢力の侵入を防ぐべく砲台が設置された場所でもある。

















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